錦江町役場 AI検証班・株式会社A0AI

池之上 和隆さん・本村 貴浩さん・坪内 なな子さん・佐藤 道明さん

2025年、錦江町役場が生成AIを導入!「やってみっが!」「そいじゃが!」から変革する役場職員チーム誕生。

あなたは生成AI(以下、AI)をどれくらい活用していますか。
ほとんど使っていない人もいれば、公私共に活用している人もいるかもしれません。

急速に成長を続け、個人や組織、そして世の中に大きな影響を与えうるAI。
2025年、錦江町はまちとして、そんなAIの導入に挑戦すると決めました。

AIの導入を進める地域の自治体は、いまや珍しくはないのかもしれません。
しかし錦江町は、職員でAIを検証するチームをつくり、2025年度のプロジェクトとして取り組み始めました。
その点は、ユニークだと言えるのではないでしょうか。

なぜ、そしてどのようにAIに向き合っているのか、チームメンバーに話を聞いてみました。
話を聞いたのは、錦江町役場・AI検証班である池之上和隆さん、本村貴浩さん、坪内なな子さんの三人と、錦江町のAI導入をサポートしている株式会社A0AI(エーゼロエーアイ)代表取締役の佐藤道明です。
見えてきたのは「挑戦する自治体」の姿でした。

「全部マンパワーでやってきた業務を今後も続けるのは難しい」と決断

— はじめに、佐藤さんがどのような思いでA0AIを立ち上げ、なぜ錦江町がAIを導入しようと決めたのか、教えてください。

佐藤:僕は中山間地域には、自然資本を中心にした大きな魅力があると思っています。そのなかで自治体は多種多様な業務を行っていますよね。一方で、地方交付税が下がり、働く人の数も減ってきているなかで、どのように地域の新しい未来をつくっていったらいいのか。行政をさらに力強くするために、今ある業務を5、6割ぐらいのパワーでできるようなツールがあるといい——と考えたとき、直感的に「AIだ」と思ったんです。僕はAIを「未来に有益な道具」だと考えています。

社名のお話も少しさせていただくと、森林土壌の表層にある堆積有機物層を「A0(エーゼロ)層」と言うんです。A0層があることでその下の豊かな土壌が守られる。A0AIや親会社のエーゼログループ(リンク:https://a-zero.group/)は、地域で受け継がれてきた自然や歴史、文化、経済を守りつつ、未来につながるチャレンジを育み、貢献していくことを目指しています。A0AIについては、こちらの記事(リンク:https://throughme.jp/a0ai_start_250401/)でもお話ししています。

(写真右側)株式会社A0AI 代表取締役 佐藤道明

池之上:錦江町の高齢化率は49%で、県内の自治体で2番目の高さになっています。2005年に大根占町と田代町が合併して錦江町になってから、錦江町役場では職員の人数が60人ほど減りました。「全部マンパワーでやってきた業務を今後も続けるのは難しい。新たな手法を取り入れながら職員や町民のちいさな幸せを実現しよう」と町長がAIの導入を決断したんです。

錦江町役場 AI検証班 池之上和隆さん

— 自治体がAIを導入すると聞いて、どのように始めるのかなと思ったのですが、役場内にAI検証班というチームをつくったそうですね。人選はどのように決まったのですか。

佐藤:システムのプロダクトをつくるのではなく、チームで実証や検証をしていこうと思いました。今回のプロジェクトはゴールが見えないなかを進んでいくんです。自治体では珍しい取り組みだと思いますけど、AIの行く先は本当に分からないんです。世界で一番AIを知っている専門家がそう言っているんですから。ゴールも正解も分からないなかで進むには、一人ではなくて、やっぱりチームでないと進めないな、と。

まちとしてのAIの導入が決まったあと、実は「メンバーはどういう人がいいですか」と町長に聞かれ、「システムやコンピュータが好きでなくてもかまいません。未来をつくることについて、自ら考えられる人がいいと思います」とお伝えさせていただきました。

本村:三人とも、町長から「やってみない?」とお声がけいただきました。AIは文章作成やAI画像を遊びに使っていた程度でしたけど、おもしろいと感じていましたし、今の時代のスピード感についていくテクノロジーを吸収したい気持ちもあって、ありがたくお受けさせていただきました。

錦江町役場 AI検証班 本村貴浩さん

池之上:僕はAIについては、仕事で「初めての人にこんな要件でメールを送らないといけないから、文章を考えてくれないか」といったシーンで利用していました。

坪内:私も、敬語などで「正しい表現ですか」と調べたり、相談をしたりする程度にはAIは使っていました。

佐藤:実は、一番大事にしているのが、自分たちで意思決定できるフラットなチームづくりです。全員で考えて意見を交わし、合意して進めていく。そのためには一人ひとりが自分の意見や気持ちを言いやすい環境にすることが大切で、その関係性を築くのに一番手っ取り早いのが、ニックネームで呼び合うことだと思っています。すごい力を発揮しますよ。

ニックネームを話し合い、僕は「みちくん」、池之上さんは「いけちゃん」、本村さんは「たかぴー」、坪内さんは「ななちゃん」と呼び合うことから始めました。

坪内:最初は慣れなかったんですけど、ニックネームで呼ぶと、なんだか話がしやすくなります。この作用をすごく感じていまして、どこかで使えたら使おうかなと。AI以外の業務のときも、先輩である池之上のことを「いけちゃん」って呼びそうになるんです(笑)。

池之上:呼んでもらいたいです。そう呼ばれるとものすごく嬉しいんですよ(笑)。

佐藤:呼んだらいいよ。

(写真中央)錦江町役場 AI検証班 坪内なな子さん

— 具体的にはどんなことから着手していったのですか。

本村:最初にみちくんから「アウトプットはプロダクトではなくチームだ」という説明を受けて、「どういうチームにしようか」と話し合い、チーム名やチームで大事にしたいことを決めるところから始めました。

チーム名は「Soyjaga(そいじゃが)」です。鹿児島弁で「それだよ」という意味で、相手を励ます掛け声としても使われます。大切にしていることは次の三つです。

①「とりあえず、やってみっが!」。深く考えるよりも、まず小さな一歩。

②「火山より先に、会話が噴火」。日々の会話が、チームのエネルギー。

③「失敗はごちそう」。失敗は、挑戦した人だけが味わえるごちそう。

池之上:このチーム名は、何回聞いても「いいなぁ」と気に入っています。「そいじゃが!」とみんなで言い合おうと約束もしていますので、これからもそうしていきたいです。

— チームの雰囲気が伝わってきます。「噴火」は桜島からですね、鹿児島らしいです。

坪内:さらに、AIを使った先にどういう未来を描きたいかを「北極星」と呼び、それを次のように決めました。

「できるかどうかより、やってみたいを信じたい。

誰かの思いが、”そいじゃが!”という掛け声で育ち、やがて町で花ひらく。

人も、自然も、AIも、ちがいを尊重しながら育ち合える土壌を、

わたしたちが耕し始めます。」

「やらなければいけない、正解のある仕事」にAIが力を発揮

— 「やってみっが」「そいじゃが!」から始まっていくんですね。自治体の機能とAIとの相性については、どう感じていますか。

池之上:相性はすごくいいと思いますよ。当たり前ですけどAIはとても頭がいいし、使いようによっては業務を楽にして、時間をつくってくれたりします。

坪内:業務をちゃんと選んでいけば、とても相性はいいと思います。

本村:相性は「良くできる」っていう感覚ですね。何も考えずに使うとAIの力が発揮されない部分もあるので、AIと業務をそれぞれきちんと理解して、それに合わせてフィットさせていく作業ができれば、ものすごい力を発揮しそうだなと感じています。その作業はやっぱり人間でないとできないとも感じていますね。

佐藤:自治体には「やらなければいけない、正解のある仕事」「やめられない仕事」があります。これに、AIが非常に力を発揮します。そこはすごく相性がいいんです。そうすると時間が生まれ、その先に「本当にやりたい仕事」ができる可能性が高まってきます。

僕らは、AIが得意なところと苦手なところを理解しながらうまく使っていきたいと考えています。AIを100%任せる自動コンピュータではなくて、パートナーのような感覚でとらえていることが僕らの特徴だと思います。AIに合う業務フローの設計、転換が必要なので、それを進めています。

本村:情報の質についてAIは完全ではないんですが、AIは24時間365日稼働できるので、100点ではなくても90点の回答をしてくれれば、効率化になります。

— ここまでで見えてきたこと、分かったことを教えてください。

坪内:特に二つの業務について検証をしました。一つが、役場に多い「前任者からの業務引き継ぎ」です。職員は2、3年で異動することが多く、アナログでの業務引き継ぎが発生しています。

そこで聞きたいときに聞ける仕組みをつくっています。例えば、ある制度のあらゆる情報を話し、AIに業務内容を習得させるんです。やればやるほどAIに蓄積していけるので、質の高いインプットが重要です。AIが前任者の職員にその制度の目的や背景、現状、課題などをたずねるインプットインタビューも行います。実際にテストとしてインタビューを受けた職員からは「本質的なところを聞いてくるなと感じた」とコメントをもらいました。

次に、新任者の職員がAIから情報を吸収します。時間短縮になりますし、いつでも聞ける。人に聞きにくいこともAIだと聞きやすいというメリットもあります。

引き継ぎAI:先任からの引き継ぎ

(引き継ぎAI:先任からの引き継ぎ)

本村:もう一つが、「記録作業の効率化」です。今は所定用紙に手書きで記入し、さらに共有用にシステム台帳に入力している業務があります。これを、音声入力を使ってAIに学習させているのですが、実はここに方言の壁があったんです。そこで標準語で復唱するようにしています。

佐藤:AIの活用方法を模索するだけでなくて、これまで当たり前に行ってきた業務フローを見直す機運も生まれています。

ちなみに普段僕たちがプロンプト(AIに与える指示や質問)を入れて使っているAIは、ある機能をChatGPTに付加したものですが、一般的なChatGPTも両方使っています。議事録などの文字起こしについては、あるメーカーのものを導入しました。

引き継ぎAI:後任への引き継ぎ

— 実際に見せていいただくと、リアリティがありますね。どのぐらいの期間で、ここまで検証したのですか。

坪内:4月から週に一回、チームのみんなで水曜の業務時間を丸々使って、AIの検証をしていました。

本村:先ほどお話ししたのとは違う、画像読み込みの実験もしていたので、「前任者からの業務引き継ぎ」と「記録作業の効率化」は6月頃に始めました。だから3、4ヶ月くらいですね(編集部注:取材は2025年9月に実施)。

佐藤:それぞれが気になることや直感的にどの業務検証がいいかを出して、模索していったんです。複数あったなかで、みんなで継続して深めたいものが見えてきて、「やってみっが」「そいじゃが!」とやり始めたのが6月かな。2ヶ月ほどで大体の形はできていました。模索こそが一番知識がつきますね。

本村:チームだったからこそ、この半年間でここまでできたんだろうと感じています。私は介護福祉課なんですけれども、メンバーはそれぞれ所属課の業務もあります。水曜の業務時間をすべてAIの検証に使っているわけですから、業務を分担して協力してくださっている人たちもいて、役場全体の力を合わせなければできなかったんだろうなと思います。

 “余白の時間”が生まれ、本当にやりたかったことに踏み出せる自治体へ

— 検証が進んでいくなかで、発見や気持ちの変化はありましたか。

坪内:AIの特徴とか、それまでは考えたことがなかったんですけど、何が苦手で何が得意か分かるようになりました。

本村:それは私も、ななちゃんと同じように感じます。さらに、AIの見方みたいなものが大きく変わりました。先ほども話が出ましたけど、AIに完璧を求めるのではなく、AIは自分の一部を補ってくれる存在、パートナーとしてとらえて、自分にしかできないことは自分でやる、という方向に見方が変わりましたね。

坪内:私たちのチームにはAIを教えてくださる先生がいらっしゃるんですけど、その先生のプロンプトの方法を学んで、自分なりに「ちょっと情報を与えて、こういう伝え方をするといいな」などと少しずつ真似しています。

本村:先生が出力精度を向上させるため、プロンプトでアスタリスクやシャープ、ハイフンといった記号を使っているのを見て、「そう使い分けたらいいんだな」と自分なりに実践しています。

池之上:僕はAIをアプリケーションの一つのように思って使っていたんですよね。以前は一問一答のような使い方しかしていませんでした。でも、「こういうこともできるんだ」「ここを見に行っているんだな」と少しずつ分かり始めて、「これまでは聞き方を間違っていたな」と感じています。

— 先ほどの「見えてきたこと」のお話は、すぐに実用が可能なのですか。

池之上:「はいどうぞ、明日から使えますよ」という状態にするには、もう少しいろいろAIに勉強させたり、資料をあげたりしないといけないんです。それをすべて我々三人で行うのは非常に難しいので、2025年度は例えば各分野で一つずつ行って、あとはつくり方を体系的に整理する役割なのかな、と。それを各部署に教えて、触っていただいて、バージョンアップさせていこうと考えています。

— なるほど。今AIに対して、どのような可能性を感じたり、ワクワクしたりしていますか。

本村:いろいろな地域課題があるなかで、特定の一分野だけではどうしようもないことがあると思うので、例えば福祉分野を他の分野とAIを活用して掛け合わせ、解決していくことも可能性としてあるんじゃないかな、と考えています。

ワクワクする部分は、フィジカルのAI、つまりロボットの登場が予想されていることですね。見てみたいなって思います。特に介護や農業などで活用できるかもしれませんし、うちのまちの未来にロボットがいたらおもしろそうだなって思います。

坪内:現在まちに住んでいる外国人の方々が、買い物などをする店舗や職場をはじめとした地域で安心して過ごせるよう、多文化共生の取り組みを進めています。そのなかでやはり大きな課題となるのが「言葉の壁」です。

今後、リアルタイムAI翻訳がさらに進化し、互いの言葉をその場で理解し合えるようになれば、言語や文化の違いを越えて自然に助け合える社会が広がると感じています。個人的にも、言葉の心配をせずに旅を自由にできると思うと、ワクワクします。

池之上:ふだん、やらなくてはいけない仕事が複数あって、優先順位をつけてとりかかりますよね。「この仕事にもうちょっと時間を割きたい」と思っても、結局(やらなくてはいけない仕事の)全部をやらなきゃいけないんで、どう折り合いをつけようかといつも感じているんです。

AIができるところはAIに任せると、そこがクリアになって、時間を割きたいことに使えるようになるんだと思ったら、「どこにどう組み込めばいいかな」と考えてワクワクしています。全然手をつけられていない、新しいことを考えるクリエイティブな時間ができればいいなと。

さらに僕がワクワクしているのは、これから役場職員の意識がガラッと変わるんじゃないかなということです。

佐藤:もちろん、AIではなく人が行うべき大切な仕事もあると思いますけど、AIによって“余白の時間”が生まれ、「地域でこんなことやってみたい」「元々これやりたかったんだよね」と思えるような人が役場の中に少しずつでてきて、それが形になっていくことを楽しみにしています。

そうすると、若い人たちが「役場でそういうことが本当にできるんだ」と思えて、余白のある自治体の職員は人気職業になっていくのではないかなと思っています。一番人気の就職希望先が役場になったらいいですよね。

最終的には、チャレンジの応援団として、背中を押してあげられる人・組織になりたいと考えています。

— きっとこの数ヶ月の間にも、AIは進化しているわけですよね。専門家である佐藤さんから見ても、想像を超えるスピードで進化しているんですか。

佐藤:進化は続いていますし、どこかのタイミングで大きな変化はまたあるでしょうね。例えば、今後プロンプトが要らなくなる可能性もありますし、データが蓄積していけばいずれ方言の壁がなくなることも考えられます。

民間企業のベンチャーでは、今あるところにAIを導入するというよりも、AIありきの仕組みをつくって効率化をはかっている会社も出てきています。社会とAIの向き合い方も、今後もっと変わっていくでしょう。

— 2025年度の後半は、どのように進めていく予定ですか。

坪内:今後は月2回の活動日になります。これまでの検証に加えて、自分たちで検証してつくってみたいものがあれば、それをつくっていこうと話しています。議会答弁などの文書作成サポートをすすめたいとも話しています。

AIが応答する、錦江町の公式サイト制作が最終目標だと考えています。住民からの相談のプラットフォームとして、AIが住民に情報提供をするものです。私は可能だと思っています。

— 自治体のAIの導入に関心をもった方がいるかもしれません。お問い合わせ窓口はどちらになりますか。

池之上:錦江町での様子については、総務課(リンク:https://www.town.kinko.lg.jp/somu-h/chose/soshiki/honcho/somuka.html)総務チームの小川までお問い合わせいただければと思います。

佐藤:新たに導入することに関心のある方は、A0AIまでメールで(a0ai@a-zero.co.jp)お問い合わせください。

— いろいろな業務が効率化され、新しい何かが生まれていくのが楽しみですね。ありがとうございました。

取材・文 | 小久保 よしの
写真 | sima