「地域の資源を生かす、繋げる」地域ブランディング講演会を開催しました。

2025.3.13

ないものねだりではなく、あるものを生かしていく。そんなまちづくりが注目される中で、有限会社穴井木材工場・株式会社 Forequeの穴井俊輔さんをお招きし、錦江町地域ブランディング講演会を開催しました。穴井さんの取り組みは、地域資源を生かしたブランディングによって多分野、そして世界からも注目を浴びています。
どのようにして地域資源の価値を見出していかれたのか。林業の背景やものづくりに対する想いを語っていただきました。

講師 穴井俊輔さん

1982年生まれ。人口4000人の小さな里山で生まれ育ち、野原を駆け回る日々を過ごした。2011年に家業である木材製材所の3代目として帰郷。里山の豊かさを問い続け、人と自然を繋ぐ活動を推進。地域産業を横断したまちづくりを構想。

地域の宝、小国杉

穴井さんが生まれた熊本県南小国町は古くから林業が盛んな地域でした。「小国杉」は、赤みのある木肌と豊富な油分が特徴で、時間が経つほど艶が増し、耐久性にも優れています。先人たちが大切に植え、育ててきたこの木は、地域の暮らしを支える重要な資源でした。
しかし、穴井さんがUターンして家業の製材の仕事を始めた頃は、林業が衰退している状況でした。製材は安く買い叩かれる一方だったため、効率を考えながらいかにきこりから丸太を安く買い取るかしか考えられなかったそうです。このままでは木こりも生活できなくなり、森は痩せ細っていくという悪循環。
「川下の都合だけで自分たちがものづくりをしていたら、継続できるのか疑問だったんです。子ども達に山を託せるのかというとなかなか難しく、矛盾を感じながら卸に出し続けるしかなかった」とおっしゃいます。

その悪循環から抜け出すために生まれたのが、「Fulfilling Life 満ち溢れた人生とは何か」と問いかけるブランド、FILです。FILでは単に商品を作るのではなく、それを通して小国杉の伝統や文化を伝え、森の循環を生み出すことを目的とされています。
FILのエッセンシャルオイルは、これまで森に捨てられていた杉の葉から生まれました。木こりたちから葉を買い取り、「何か生かせる方法はないか」と試行錯誤を重ねた末に開発された商品で、木材の杉の香りとは少し違う、爽やかな香りがする商品です。

そして新たに生まれたのが、「FIL PORCELAIN」という器のシリーズ。エッセンシャルオイルとして抽出された小国杉の葉っぱを熱源として活用し、その灰を釉薬にして生み出された商品です。自然の恩恵を最大限にいかしてつくられたこの器は、穴井さんの奥さんが阿蘇の噴火火口の硫黄の色に似ていると閃いたことから、「カルデラブルー」と名付けられました。
真っ白に燃えた灰が釉薬として深い色になったことはさることながら、それが人生と重なったことに深く感動したと穴井さんはおっしゃいます。


「新しいことに挑戦すると矛盾点や批判も出てきて、正しいと思わないような矛盾や葛藤の中を突き進まないといけない時もあります。その中で自分自身が真っ白に燃え尽きたことも何回もありました。でも灰をもう一回熱に通すとこんな色になるんだと思うと、僕が無駄だと思っていたことも全て価値があったと思えました」

「人生を学ぶことが器の中にはあったんです。そうやって、人と自然が密接に繋がれば繋がるほど、僕たちの生きる力がもっともっと大きくなると思っています」

これが豊かさなのではないかと表現した商品をつくることで、購入したお客さんとも自然に豊かさについて話すことができたとおっしゃる穴井さん。なぜこの商品をつくったのかをしっかり伝えていくことがブランディングにおいて大切なことだと感じます。

地域の営みを伝える

もう一つ、穴井さんたちが大切な文化として伝えているものが阿蘇の風物詩、野焼きです。
野焼きは、枯れ草の除去や牛馬の餌の成長を促し、土地を守りながら牧畜を支えてきた営みです。千年以上続くこの風景は、自然と人が共生してきた証でもあります。そして、真っ黒になった草花の下から緑が生まれてくる風景の移ろいは、寒さの厳しい小国の人たちにとって春の訪れを感じる希望となっています。そんな野焼きの文化を伝えるために、穴井さんは海外アパレル企業とコラボ。野焼きに参加する人々にブランドの服を着てもらう取り組みや、野焼きをイメージした焼杉の椅子を制作することで、野焼きを世界へ広めていきました。

FILホームページ

もともと世界へ向けて発信することを前提に取り組まれていたこともあり、焼杉の家具は海外の賞を受賞されました。そしてその評判が広まり、地元の肥後銀行から新店舗の内装に小国杉を使いたいと、伐採するところからタイアップが始まるなど徐々に小国杉のブランドが浸透していったとおっしゃいます。

また、小国全体が有機的に繋がり、地域の魅力をより深く感じてもらうためにつくられたのが喫茶 竹の熊です。昭和初期まで「竹ノ熊」という地名があったことから名付けられた喫茶 竹の熊は、店舗下には山から流れてきたため池があり、目の前には田畑が、そして春には地元の婦人会が植えた桜並木が見えるという、地域の風景や地形をいかしたデザインになっています。
農家さんと同じ暮らしを味わって欲しいと、店舗はほとんど屋外で照明が全くなく、営業時間も日が沈む時間帯まで。一般的なカフェや喫茶では考えられない形態ですが、土地の空気や文化に馴染んだ心地の良い時間が流れています。決してアクセスの良い地域ではないですが、夏の時期など多い時は1日に300人ものお客さんが来られるそうです。

喫茶 竹の熊

他にも若い人たちが伝統文化にもっと触れ、そこからの豊かさに気づいて欲しいという思いから、新たに「新嘗祭」も始められました。子どもたちにも受け継がれている神楽を奉納しながら、農家さんたちや子どもたち、町の職員さんたちなど世代を超えた人たちが五穀豊穣を祈るお祭りは、地域に根付く営みを次の世代へとつなぐ大切な場となっています。

次世代に繋ぐ「木育」

最後に、林業の未来を考えるうえで欠かせないのが「木育」の活動です。穴井さんは現在、保育園から中学校までの子どもたちが木に触れ、森と関わる機会を増やすためのカリキュラムづくりに携わっているそうです。木に興味のない子がどうしたら関心を持ってくれるかと考えながら、間伐体験やデジタル技術を使ったワークショップなどに取り組まれています。
「今繋がることがなくても、いつか帰ってきたときに一緒に仕事ができるかもしれないと思っていて。自分たちがその受け皿になると思って必死にやっています」とおっしゃいます。

参加者のみなさんも穴井さんのお話に聞き入っていました

地域資源をいかすとは、ただ活用するだけではなく、その背景にある文化や歴史、人々の思いとともに伝えることで、新たな価値を生み出すのだと穴井さんの講演を通して学びました。そして、「森と人とをつなぐ使命がある」と穴井さんがおっしゃったように、やり方を真似するのではなく、地域資源は先人たちが残してきてくれたものだという敬意と、それを未来に繋いでいきたいという情熱があってこそ、その新しい価値が生まれるのだと感じました。
自分の町に残していきたいモノやコトは何か。なぜそれを残したいのか。まずその問いを考えてみることが、地域ブランディングの一歩になるのではないでしょうか。